会社の受付や電車の中など、たくさんのビジネスマンがいる場所でいつも思うことがあります。「スーツスタイルにふさわしい靴を選んでいる人はなんて少ないんだろう。」具体的にはローファーやスリップオン(紐なしの革靴)、また、たとえ素材が革で、色は黒であっても、カジュアルシューズのような靴を履いている方もたくさんいらっしゃいます。いちいち紐を結ぶ必要のないスリップオンは確かに履きやすいですし、スニーカーに近いカジュアルシューズのほうが履き心地がいいのはわかります。しかし、その安易な選択が、あなたのスーツスタイルを台無しにしているかもしれないのです。ではスーツではどんな靴を履いたら良いのでしょうか?その答えは、TPO。場所やシチュエーションによって靴を使い分けることが大事です。
悩みは足。足なんて大きく変化するものではないだろう。そう思うのだけれど年々、難しくなってくるのが靴選び。若い頃は何の苦労もなくサイズさえ合わせれば足がついていった。それがどういう訳か(謎といえば謎)、サイズを選んでも、どこか当たる。その日は楽でも次の回はきつい、ということもある。謎のまま放っておくと、ますます謎が深まることになる。それは足と靴の関係をますます悪くするものになる。今さら下駄やわらじで過ごせないのだから、何とか靴、それもかっこいい靴と仲良くしたいもの。さて、考えるに五〇年も酷使した足は、そろそろくたびれて楽をすることに正直。もう一つ、何年か前なら先の丸い、若い人の靴も抵抗なく履けたのだ。カジュアルな服が似合っていた頃の話だ。大人過ぎる大人が若い人の靴で決めているのもおかしな話だもの、と思い始めたころから悩みが広がる。年代に合った服装と靴、年代にこだわることはないとはいえ、現在の服、自分にとっての服というものがある。
大人の世界で初期にラウンジ・スーツを着た人の例としては、小説家にして政治家のベンジャミンーディズレーリが挙げられる。一八七〇年の『テイラー&カッター』というメンズ・ファッション誌には、小説家のチャールズーディケンズと並んでポーズを決めるディズレーリのイラストが描かれているのだが、黒いプロッタ・コートに淡い色のヴェスト、さらに別素材のズボンにトップーハット姿(しかも口髭顎髭をしっかり生やしている)という典型的なヴィクトリアンージェントルマンの装いのディケンズに対し、ディズレーリはラウンジ三つ揃いを、すっきりと髭を剃り落とした顔にボウラー・ハットを合わせて着こなしている。ディズレーリは首相にもなった政治家だからこれは保守的な装いなんだろうなあ、と見るのは誤りである。このユダヤ系の首相は、野心あふれる若い時には、人の度肝を抜くような奇抜なファッションでジェントーストリートを歩き、驚いた人々が彼に道を開けるのを見て、「まさしく紅海がまっぷたつに割れたようだった。モーゼがイスラエル人を率いて紅海を渡ったときも、きっとあんな感じだっただろう」なんて悦に入っていた「ぶっとびの洒落者」なのである。首相になってからはぐっと落ち着いた装いをするようになったとはいえ、ファッション雑誌に登場するとなればやはり「ディジー」の本領を発揮していただかないとつまらないではないか。現代の目から見たら保守的で上品に見えるこのラウンジ型三つ揃い、人波をまっぷたつに割るほど大胆な装いだったと考えるほうが妥当である。